「昭和西川って、いつからある会社なんだろう」。ムアツふとんや羽毛ふとんで名前を知っていても、その成り立ちまでは意外と知られていません。
実は昭和西川のルーツをたどると、戦国時代の1566年までさかのぼります。
この記事では、西川家の創業から昭和西川という会社が生まれ、今日に至るまでの歩みを、公式の沿革をもとにたどります。
積み重ねてきた時間を知ると、なぜこの会社の寝具が信頼されるのかも腑に落ちてくるはずです。
起点は1566年、西川家初代・仁右衛門の創業
昭和西川の歴史を語るうえで欠かせないのが、西川家の始まりです。
1566年(永禄9年)、西川家初代の仁右衛門が商いを始めました。西川家では、この年を創業の年と位置づけています。
戦国時代のただ中に生まれた商いが、450年以上の時を経て今につながっているわけです。
もっとも、この時点で「昭和西川」という会社があったわけではありません。西川の商いは時代とともに発展し、いくつかの流れへと分かれていきました。
昭和西川は、その系譜を受け継ぐ一社として後に歩みを始めます。長い西川の歴史のなかで、昭和西川がどこに位置するのかを押さえておくと、話が整理しやすくなります。
1942年、製造部門としての出発
会社としての昭和西川の出発点は1942年です。
第二次世界大戦下の企業整備令にともない、西川甚五郎本店の製造部門として「昭和寝具工業株式会社」が設立されました。
設立を担ったのは、第13代西川甚五郎の弟にあたる西川五郎です。
つまり昭和西川は、もともと「作る側」として生まれた会社でした。この「ものづくりの会社」という出自は、その後の昭和西川の性格を決定づけていきます。
戦後の1946年には、東京都中央区日本橋に本社と本社工場を設置。
米軍や諸官庁向けの寝具・布類の製造を始めました。
1964年には埼玉県草加市に、寝具製造の一貫工場となる草加工場を設けます。製造の拠点を着実に固めていった時期です。
1968年、「昭和西川株式会社」へ
社業の広がりに合わせ、1968年に商号を「昭和西川株式会社」へと変更しました。ここで、現在私たちが目にする社名が誕生します。
そして1971年、昭和西川の代名詞となる商品が世に出ます。ロングセラーの「ムアツ」です。
点で身体を支える独特の構造を持つこの敷きふとんは、以来半世紀にわたって支持され続け、昭和西川を象徴する存在になりました。ものづくりの会社が生んだ看板商品といえます。
一つの商品が半世紀も売れ続けるのは、寝具の世界では簡単なことではありません。
流行り廃りのなかで多くの商品が姿を消していくなか、ムアツが定番であり続けたこと自体が、昭和西川の製造力を物語っています。
看板商品を長く育てられたことは、この会社の強みそのものです。
1974年には日本橋に本社ビルを建築。
2001年には草加工場で、羽毛ふとん・羊毛ふとん・ムアツふとんの製造過程についてISO9001の審査登録を受けました。品質管理の面でも、老舗の基盤を整えてきたことがうかがえます。
グループを広げる、近年の昭和西川
2010年代以降、昭和西川はグループの拡大に力を入れます。
2011年には泰道リビング株式会社を吸収合併。
2021年には株式会社アイワを子会社化し、2023年に昭和西川羽毛製造株式会社へと社名を変更しました。羽毛の製造体制を自社グループ内に取り込んだ動きです。
同じ2023年にはFutonto株式会社を、2024年には日本ムートン株式会社をグループに加えます。
さらに2024年、埼玉県本庄市に羽毛リフォームを中心とする工場を新設し、「長く使う」ための体制を強化しました。同年にはSHOWA NISHIKAWA GLOBAL PARTNERS株式会社も設立しています。
製造から販売、購入後のメンテナンスまでを自社グループで担う。近年の昭和西川の歩みからは、そうした方向性が見て取れます。
老舗が積み重ねた時間が意味するもの
1566年の創業から数えれば450年以上、会社としての設立からでも80年を超える歴史。
昭和西川が長く選ばれてきた背景には、この積み重ねがあります。
ものづくりの会社として出発し、ムアツという看板を育て、近年はグループとして体制を広げてきました。
本社を今も東京都中央区日本橋浜町に構え、西川の家名を受け継いでいます。歴史そのものが、寝具を任せる際の安心材料になるのではないでしょうか。
なお、「西川」の名を持つ会社は昭和西川だけではありません。名前が似た会社との関係が気になる方は、あわせて「昭和西川と西川株式会社の違い」もどうぞ。
2つの西川がどう枝分かれしたのかが、すっきり整理できます。
